小和田金吉氏の年表-1


140 名前: 名無し草 2007/03/25(日) 22:44:31

明治元年(1868) 小和田金吉・村上市本町一(現在の飯野一丁目)にて生まれる(?)
           http://www.city.murakami.niigata.jp/somu/cm/yukari1.html
           戊辰戦争/藩主の自殺・村上住民:西軍の侵攻により避難
           藩士ら徹底抗戦派と恭順派に分裂・村上城本丸炎上・西軍の進駐と略奪
明治 2年(1869) 版籍奉還
明治 4年(1871) 4月4日小和田兵五郎、死去(村上・西真寺に葬られる)
           7月廃藩置県/村上藩士700余人中300人が他所へ流出
           息子・道蔵匡利、金吉を連れて新潟へ転居(?)
明治 5年(1872) 鮭漁漁業権、落札者から旧藩士が譲り受ける
明治 6年(1873) 国民皆兵を目指す徴兵令が出され家禄支給の根拠が消失する
           旧藩士ら、入札によらない独占的漁業権申請
明治 7年(1874) 7月28日道蔵匡利、死去(新潟・泉性寺に葬られる)
           旧藩士ら、さらに五年の継続漁業権獲得
明治 9年(1876) 廃刀令、秩禄処分、士族の反乱
           http://web.kyoto-inet.or.jp/people/tsuka/theme/chituroku.html
明治10年(1877) 西南戦争
明治15年(1882) 村上鮭産育養所で人工授精の技術開発
明治17年(1884) 旧藩士ら、三面川の永久管理権を得る
           ※旧藩士であれば村上以外に住んでいてもすべて漁業権者であり
            水揚げによる配当金が送られてくる
           この年、漁業権者名簿に小和田金吉の名前
明治20年(1887) 新潟市内・和田写真館(?)で友人柴田義之助らと写真を撮る
           http://members.at.infoseek.co.jp/HIGEG/yosinosuke20.jpg
明治21年(1888) 友人義之助、海軍主計学校入学
           このころ(?)金吉、税吏になり、その後県内を異動
           仕事の傍ら聾唖者教育にもたずさわる
明治30年(1897) 近隣でも評判の美人、熊倉家次女竹野と結婚
明治31年(1898) 毅夫生まれる
明治33年(1900) 金吉、死去




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