チッソ問題 4-参考資料2

598 名前: 名無し草 2007/04/21(土) 22:58:50
役人たちの水俣病<7> 苦悩 良心と職責のはざまで
#http://www.nishinippon.co.jp/nnp/national/minamata/20060907/20060907_042.shtml
この余談が、HPに見当たらないので本のほうから抜粋

599 名前: 名無し草 2007/04/21(土) 23:00:06
水俣病史の中で「もう一人の犠牲者」と呼ばれる官僚がいる。
和解勧告を拒む国側の担当者として、患者たちの批判を一身に浴びた山
内豊徳氏だ。
環境庁の事務次官に次ぐナンバー2の企画調整局長だったが、1990年12
月5日、自宅で命を絶った。
知子夫人は、自殺の前夜の夫の様子を語る。

「水俣の仕事はどうしてもやりたくなかった。自分にうそをつかなきゃい
けない部分が多すぎるんだ…」
「一人がそう思っても、みんなが後押しをしてくれないと動かないんだ」
役所を辞める覚悟を家族に話したものの、職責と良心に心を引き裂かれ
死に至った。

600 名前: 名無し草 2007/04/21(土) 23:02:26
夫人は夫が「もう一人の犠牲者」と呼ばれることを拒み、こう語った。

「犠牲者なら私ですよね。そうは思いたくないけれど」
「私や主人は、少なくとも人生を選んでこれた。でも、水俣病の人た
ちは選べなかった。だから、少しでも水俣の方たちの力になりたいん
です」

通販で購入した無農薬の水俣茶を、毎朝夫の祭壇に供えているという。
「『水俣』って美しい名前ですよね」笑顔でそう呟いた。

601 名前: 名無し草 2007/04/22(日) 00:42:04
>>595 活字で発表されたもの、書籍になったものなどを全て事実として認定していくと
矛盾が生じてくるんじゃないか?女性週刊誌と一般週刊誌でも記事の違いがあるし、
侍従長の本もあれば、宝島ムックやオーストラリア人の書いた例の雅子さん本もある。
陛下がこうおっしゃられた「と聞いている」「と言われている」といった類は、
捏造か真実かはうかつに断言できないと思う。せめて「こういう話もある」にとどめては?
国旗国歌の件でもそうだが、両陣営が自分らに都合の良いように解釈するきらいがあるからなあ。
641 名前: 名無し草 2007/04/25(水) 12:53:39
河原さんの『美智子さまから雅子さまへ プリンセスへの道』(ネスコ 1993年6月9日 第1刷)
ハードカバー p82〜83

皇太子(当時浩宮)が富田宮内庁長官から雅子さまへの思いを断ち切るように説得されて「わかった」と述べたあとの文章。

 しかし、豊氏は、三十七年興銀の大阪支店長から専務としてチッソに入社し、三十九年に社長となった。
 ・・・
 直接の加害者ではないが、会社の廃液を水俣湾に流したことが原因であることを強く否定し、それが敗れてからも
 被害者への補償問題に厳しく対処するなど、会社再建との狭間で辣腕をふるった人物である。
 のちにこのことを知った雅子さまは、
 「おじいちゃんが悪くいわれた」
 と嘆いたという。
 雅子さまのキャリア・ウーマン宣言とチッソ問題とで、雅子さまお妃説はマスコミからほぼ完全に消えた。
 雅子さまに米国時代、ボーイフレンドがいたとの情報が、水面下でささやかれたのもこのころである。

642 名前: 名無し草 2007/04/25(水) 13:12:48
もっと前から書いたほうがいいかな。
雅子さんがTVの取材を受けて「私はこの件(お妃問題)に関しては、まったく関係ないと思っていますので
できればそっとしておいてほしいのです。研修が終わりましたら外務省の職員として、ずっと仕事をしていくつもりです」(平成元年9月)
と答えたことなどのあとに、この記載が↓

 実は皇太子は、雅子さまの”お妃拒否発言”のはるか前から、雅子さまへの思いを断ち切るよう説得されていたのだ。
 雅子さまはもちろん知りえないことであったろう。
 説得にあたったのは、当時の富田宮内庁長官だった。
 富田宮内庁長官は警察官僚出身で、宮内庁次長として宮内庁に入る前は内閣調査室長をつとめていた。
 問題になったのは、雅子さまの祖父江頭豊氏が、水俣病の元凶となったチッソの社長、会長だったことである。
 「小和田さんについては、そのことが付随してまわりますので」
 と浩宮に申し上げたところ、
 「わかった」
 と皇太子はおっしゃったという。
 将来は天皇となるご自分の立場を熟考しての言葉である。
 断腸の思いで、雅子さまへの思いを断ち切ろうとなさったのだ。
 しかし、豊氏は〜

643 名前: 名無し草 2007/04/25(水) 13:16:37
>補償問題に厳しく対処するなど、会社再建との狭間で辣腕をふるった

これはね。
きちんと水俣病史を読めば、厳しい厳しくない以前の問題だったとわかる。
読みながら涙が止まらなかった。

最終的には裁判で無効にされ破棄された、患者との協定が当時は有った。
銀行から派遣されてきた雇われ社長の一存でどうこうできる問題ではない。
645 名前: 名無し草 2007/04/25(水) 13:22:39
富田長官の発言の全体は>>252

和解交渉が進展したのが1989年〜
1995年に村山総理が頭を下げて、これでもう終わると思ったのに
国側が応じなかった。

648 名前: 名無し草 2007/04/25(水) 13:28:12
自分のキャリアが傷つくと分かっていたのになぜ江頭氏はチッソに赴いたのか。
人からそしられながらもどうして倒産させないよう尽力したのか。
なぜ50年たっても解決に至らないのか。
なぜ総理大臣はひとりも水俣慰霊祭にいかないのか。

どうしても雅子批判に水俣病を持ち出すなら、アンチ雅子住人は患者団体に手紙
なりメールを出せばいい。
14年前の手紙同様、侮蔑の目で読まれ、半永久的に保存され閲覧され続けるだけ。
誰も立ち上がらない。
654 名前: 名無し草 2007/04/25(水) 14:01:45
>>650
書名が間違っているから見つからないだけだよ。

ホレ

淋しき越山会の女王−他六編−(岩波現代文庫)
児玉隆也/著
岩波書店

子から見た母,淋しき越山会の女王,チッソだけが、なぜ,「若き哲学徒」の死と二つの美談,
『同期の桜』成立考,学徒出陣後三十年,ガン病棟の九十九日,解説 下町横町の視座 柳田邦男

656 名前: 名無し草 2007/04/25(水) 14:06:27

立花氏の作品が膨大なデータを駆使した「調査報道」だとすれば、児玉氏の作品はまさに「足で書いた人物ルポ」。
一般には「田中角栄研究」の方が知られていますが、政界に与えたインパクトでは「淋しき越山会の女王」も
相当大きかったと言われています。

この作品で児玉氏は一躍注目を集め、さらなる活躍が期待されたのですが、残念なことに翌年、
ガンのために亡くなります。まだ38歳という若さでした。
あれからおよそ30年――。出版界でも児玉氏を直に知る人は少なくなり、入手できる本も減り、
私たちの世代にとっては半ば伝説的存在になっていました。そんな時代だからこそ、と言うべきでしょうか。
児玉氏の生涯に初めて光を当てた本が、このほど出版されました。
『無念は力―伝説のルポライター児玉隆也の 38年―』(坂上遼著、情報センター出版局)がそれです。
残された取材メモや日記を掘り起こし、関係者百数十人にインタビューして児玉氏の足跡を丹念に
たどった本書は、それ自体が優れたノンフィクション作品ですし、「淋しき越山会の女王」執筆に
至るまでの知られざるエピソードも描かれていて、力作評伝として堪能できます。
リアルタイムで児玉氏を知らない私にとってはすべてが新鮮で、非常に興味深く読んだのですが、
出版界に身を置く者として特に圧倒されたのは、児玉氏の仕事ぶりでした。
児玉氏は大学を卒業後、光文社に入社し、「女性自身」で12年間の編集者生活を送っています。
その間に手がけた企画がまず凄いのです。サリドマイド児の家族への密着ルポ、皇太子(現天皇)の談話掲載、
さらに、様々な人物の実像に迫った「シリーズ人間」……。皇太子の談話というスクープは28歳の時の仕事ですし、
一方で三島由紀夫氏や五木寛之氏らの信頼も得るなど、幅広い人間関係を築いていました。
35歳で独立し、ライターとしての活動は実質3年しかありませんでしたが、書き残した原稿はなんと7000枚。
編集者として、ライターとして、15年という歳月を濃密に生き、走り抜けた――まさにそんな人生でした。
#http://www.shinchosha.co.jp/shinsho/henshucho/2003/200311.html
696 名前: 名無し草 2007/04/25(水) 23:53:45
>>654
サンクス。

金融機関から見た水俣病(その1〜4)
その1 #http://hidetoshi-iwasaki.cocolog-nifty.com/1/2006/02/post_afc4.html
その2 #http://hidetoshi-iwasaki.cocolog-nifty.com/1/2006/03/post_9220.html
その3 #http://hidetoshi-iwasaki.cocolog-nifty.com/1/2006/04/post_806a.html
その4 #http://hidetoshi-iwasaki.cocolog-nifty.com/1/2006/04/post_5d8d.html


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