チッソ問題 6-富田メモ関連

婆嘘
751 名前: 富田メモ関連 2007/04/28(土) 16:13:12
皇室御一行様★アンチ編★part558
747 名前: 可愛い奥様 [sage] 投稿日: 2006/08/01(火) 00:42:00 ID:igB14ZFb
がいしゅつだとは思うけど。
例の富田メモの富田さんって、雅子さんがお妃候補に一度上がった時に
チッソの問題があるからってことで大反対してリストから外したんだってね。
週刊文春に掲載されてた。
元警察官僚だったということで後藤田氏とのラインもあったんだろうけど。
見識のある人だったんだね。

959 名前: 可愛い奥様 [sage] 投稿日: 2006/08/01(火) 09:21:52 ID:N2dq/Gyu
その富田メモに関して「週刊文春」に雅子関係の記述があった。
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「・・・富田氏は雅子さんの祖父がチッソ社長ということで反対した人物。
その事で他のマスコミから疎んじられていた。
しかし日経は皇太子成婚の日に富田氏の手記を掲載してくれた。
それ以来A記者(日経)と富田の交流ができた。そのつながりで日経は奥さんから
相談され手記を入手した・・・」
・何故チッソで反対した件で他のマスコミは富田氏を疎んじたのか?
 誰がどう考えてもそれは昭和帝の御意志でしょうに。
・手記が掲載されたのが成婚のひか婚約の日か、うろ覚えです、スマソ
・富田氏の手記を読んでみたいですね

752 名前: 富田メモ関連 2007/04/28(土) 16:14:07
富田氏は「チッソのことがありますから」と述べて、浩宮に小和田雅子を
断念させた責任者とされた。
マスコミからスルーされた彼を、日経は無視せず、婚約決定時に彼の手
記を夕刊一面トップで掲載してくれた。(1993年1月19日夕刊)
これが後年、富田メモの発表に繋がったと言われている。
噂の部分的な切り取り、ひとり歩きによる誤認に対し、彼自身は、自分は
入内を反対していなかったと釈明している。

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「反対したことはありません。ただ当時は、チッソの被害者の方が大勢お
られました。
加えて、批判勢力がおられました。社会運動派の人たちが、チッソの東京
本社に押し駆けたりもしていました。……もう少し様子を眺めた方がいいの
ではないかと、殿下に申し上げたわけです。殿下はそれに対して“わかった”
といわれたのです」
「小和田雅子さん、素顔の29年」永井雄一

753 名前: 富田メモ関連 2007/04/28(土) 16:15:34
富田メモにおける浩宮結婚問題

1986年 7月 もと国連大使中川氏、小和田雅子を皇太子妃候補として推薦する。
1987年12月 お妃候補として小和田雅子の名があがりトラブルが起きる。
1988年 1月 この前後興信所が「小和田報告書」作成、問題がないことを報告するが
        宮内庁内部では母方祖父がチッソ社長であったことを問題視する声。
        皇太子、宮内庁を通じ小和田氏がパリ赴任後も雅子氏と会えるよう依頼。
1988年 2月 小和田氏、宮内庁に辞退の意を伝える。
        「私どものようなサラリーマン家庭から皇室に入るというのは、現実問題
        として、このお話を進めるのは不可能だと思います。このお話はなかった
        ことにしていただけないでしょうか」
        しかし皇太子、雅子氏と会えるよう再び依頼、了承を得る。
1988年 3月 小和田氏、OECD大使としてパリに赴任する。
1988年 4月 ■富田メモ @■
1988年 5月 ■富田メモ A■
1988年 6月 ■富田メモ B■
        14日、富田氏、宮内庁長官を退任、参与となった。
1988年 7月 雅子氏、在外研修で英国へ
1989年 1月 昭和天皇崩御

参考「素顔の雅子さま」週刊女性皇室取材班:中川元国連大使のインタビュー

754 名前: 富田メモ関連 2007/04/28(土) 16:16:01
■富田メモ @■
1988年4月6日
(浩宮の結婚について)「私は本人同士がよいならそれでよい」
「浩宮のことについては、慎重には大事だと思うが、慎重にすぎて好きな
人がいなくなったり、徒に時を過ごしてもよくない。
難しいとは思うがよろしく頼む」

■富田メモ A■
1988年5月6日
「浩宮のこと、その後は?」

■富田メモ B■
1988年6月7日
(美智子妃)「浩宮の成婚を見てほしかった」
(浩宮)「まだ早いと思うが、私の今後を見てほしいと思う」
(富田)「一市民として出来ることはやり、お手伝いを」(辞任一週間前)

755 名前: 富田メモ関連 2007/04/28(土) 16:16:41
国際社会から大きな期待――皇室に新時代――お二人は自然体で
                        寄稿:富田朝彦前宮内庁長官

本日、皇室会議の議を経てご成婚が決定しましたことは、日本人すべてが待ち
望んでいたご慶事で、まことにおめでたく心からお祝い申し上げたい。両陛下
のお喜びもいかばかりかと拝察し、皇室のますますの弥栄(いやさか)を祈念
申し上げる。今年の松明けを前に「お妃(きさき)内定」のニュースに、正式
の決定はいずれ近くにと思いつつもこんなうれしい日にあう幸せを国民の一人
としてしみじみかみしめた。
殿下は、にじみ出る温かみと、物ごとの背景を理解しての条理あるご判断、そ
して、国民的常識を視野に収めて行動される。これは両陛下から皇室の伝統と
して受けられたと思う。また、飾り気なくしかもユーモアを解され相手に心の
ゆとりを与えられる。これはご生得のもの。そのうえにオックスフォード大で
のご研さん時、英国人との交友でも深められたものと思う。
ご修学時、記者の質問に「会った時のひらめき]と答えておられた殿下が、六
年もの長い曲折にお耐えになって、雅子さんに心からの愛情を育んでいかれた。
その殿下のお心におこたえになった雅子さんの女性としてたいへん立派な識見
と華のあるご立派な人格とが、私ども国民が持ち望んでいた最上の結実となっ
たのであり、こんなうれしいことはない。(以下略)

                    日本経済新聞 1993年1月19日夕刊 一面


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