チッソ問題 7-その後の水俣

821 名前: 名無し草 2007/05/02(水) 09:25:12
平成6年度水俣病犠牲者慰霊式 式辞

水俣病犠牲者慰霊式を挙行するにあたり、水俣病の発生によって犠牲となり、尊い生命を失われた方
々の御霊に対し、謹んで哀悼の意を表します。
〜中略〜

水俣病の健康被害とともに、水俣にはもうひとつの悲劇が存在することとなりました。
それは加害者も被害者も同じ小さな町に同居し、暮らしていたからであります。
市民は患者や家族の悲惨な状況に心から同情し、道義的な憤りを感じる一方で、「チッソ」が潰れる
と自分は職を失うのではないか、自分の店は潰れるのではないかなどと思い惑い自らにふりかかる地域
の経済的、社会的破綻を極度に恐れていたことは否めません。

 相反する問題を同時に抱え込んだ市民には、いずれに比重を置くか、いずれに荷担するかで、複雑
な感情や葛藤が生まれ、患者とそうでない市民の心が離反し、患者も幾つかの団体に分かれるなど水俣
は混乱の極みに達しました。 

822 名前: 名無し草 2007/05/02(水) 09:27:06
〜中略〜

そして、人間は自然の中の一員で、
自然によって生かされているという考えに立ち、
生と死の間を循環する動植物すべての命を尊敬し
天地自然と調和していく共生の思想を真摯に受け止め、
これからの時を心新たに刻んでいくことをお誓いいたします。
二度と水俣の悲劇を繰り返さないよう広く内外に訴え続けてまいります。

このことが犠牲となられた方々への最大の供養となると信じております。最後に、犠牲者のご冥福を
心からお祈りし、併せてご遺族の方々のご清福を衷心よりご祈念申し上げまして式辞といたします。

平成6年5月1日  水俣市長 吉 井 正 澄


823 名前: 名無し草 2007/05/02(水) 09:46:48
死の海となった不知火海と人と人の関係が崩壊した水俣のまちを
市民と患者たちは葛藤しながら立て直してきた。

「熊本県水俣市ではこれを地域の人と人との絆にみたて、水俣病
によって傷ついた絆を取り戻すために、水俣病と向き合い、話し合
うことで意識改革をはかろうとしており、この動きを『もやいなおし』
と呼んでいる。
#http://www.janjan.jp/culture/0609/0609191415/1.php


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