メモ:昭和天皇が摂政になって最初の新嘗祭は欠席、地方視察で四国松山におられた

「現代思想」2005年3月号

「昭和天皇」原武史
ttp://www.amazon.co.jp/dp/400431111X/
2002年から公開が始まった「大正天皇実録」からの資料含む


皇室御一行様ヲチスレ part355-356 906 :名無し草 [sage] :2009/03/25(水) 13:49:42 ttp://night-news.moe-nifty.com/blog/2005/04/post.html ここに昭和天皇が皇太子時代に、新嘗祭を欠席して四国へ旅行に行ったような事を書いてるんだけど、本当の事? 2005年の記事みたいだけど、何か別な本で読めるんなら教えて貰えると有り難い。 911 :名無し草 [sage] :2009/03/25(水) 13:59:26 >>906 さあ、まあ似たような事件があったのかもしれないけど>新嘗祭ブッチ 貞明皇后は、ちゃんと祭祀ができるようにならないと良子ちゃんと結婚させませんよ!とか 若き日の昭和天皇に言ったらしいとかいうのは、どっかで読んだことがある どこだっけ・・・ 73 :名無し草 [sage] :2009/03/25(水) 20:58:57 前スレ906 >「現代思想」2005年3月号 おそらく内容的には、これと重複している 「昭和天皇」原武史 ttp://www.amazon.co.jp/dp/400431111X/ 2002年から公開が始まった「大正天皇実録」からの資料含む 昭和天皇は、皇太子時代にすべての道府県と台湾・樺太を訪問された ほぼ祭祀も精勤しておられたけれども、地方視察と重なった時には、地方行啓 を優先された 摂政になって最初の新嘗祭は、地方視察で四国松山におられた そのことにムカついた貞明皇后は、宮内大臣牧野に息子の悪口を言った 正座が長時間出来ないから祭祀は不可能だとか、怠慢だとか何とか そういう貞明皇后も、若い頃は祭祀に対してそう熱心ではなかった まだ体を壊す前の大正天皇と共に、静養に行って祭祀をしていないことがある 皇后の父、九條道孝と兄の道実は掌典長を務めた家であり、明治以前の 宮中祭祀は女官たちが行っていて、天皇の出席が義務ではないということを 知っていたからだろうとのこと けれど、大正天皇の体調が悪化すると、宗教にのめりこんでいかれたとか



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