中東訪問/皇太子が中東訪問を渋ったというソース


<前振りは北京五輪の話題>

285 :名無し草:2007/12/28(金) 13:29:26
    >>984
    確かに宮内庁は慎重になるだろうけど
    政府のごり押しがあったら、逆らえる気骨があるだろうか、あの宮内庁に

286 :名無し草:2007/12/28(金) 13:29:28
    2008年06月 皇太子ブラジル訪問(07年10月雅子妃同行なしと発表)
    2008年08月 北京オリンピック --- ?

287 :名無し草:2007/12/28(金) 13:31:13
    >>285
    まあ、それを言っちゃうとねえ
    阪神大震災後の中東訪問も、皇太子が嫌がったにもかかわらず
    産油国の機嫌取りに行かされちゃったし

288 :名無し草:2007/12/28(金) 13:33:34
    で、叩かれたのは皇太子

289 :名無し草:2007/12/28(金) 13:41:18
    公務は受身というのは、しっかりした職員あっての話


290 :名無し草:2007/12/28(金) 13:47:05 >>287 >皇太子が嫌がったにもかかわらず それは初耳 297 :名無し草:2007/12/28(金) 13:56:45 >>290 いま国がこの状態なのに行っていいのだろうか みたいな事は言ってた 結局行ったけど毎日阪神の様子を聞くようにしてた ソースは週刊誌以外の本だったかな 303 :名無し草:2007/12/28(金) 14:05:58 313 :阪神大震災中東訪問 :2007/02/12(月) 14:39:10 大震災は皇室、宮内庁にも波紋を広げた。予定されていた皇太子夫妻の中東訪問を どうするかという問題だ。最終的には政府判断で実施されるが、是非を巡って後に論争 が起こる。 …元警視総監、宮内庁次長鎌倉節(65)は差し迫る問題に頭を痛めていた。 二日後に皇太子(35)、雅子妃(31)のクウェート、アラブ首長国連邦(UAE)、ヨルダ ン訪問を控えている。この時期の外遊。行っても、行かなくても賛否が起こる。 だが、政府決定だ。変更は宮内庁では出来ない。 外務省中近東一、二課で是非を検討する。堂々巡り。延期できない理由もあった。 九一年の湾岸戦争、九三年は米英仏のイラク攻撃により延期していた。 「三度目は」。外交優先に流れた。 UAEのアブダビ空港は、強い日差し。雅子妃の青いツーピースが映える。ラクダレース、 サッカー。観戦しながらも震災が気がかり。大使館からの情報、新聞コピーに苦しげだった。 ヨルダン王室は親日派だ。…水面下で交渉に入った。フセイン国王が「お手伝いする」と 伝えてきたのは翌日だった。予定を二日繰り上げて帰国したいと要望、快諾を得られた。 ハーシミーヤ宮殿で会見。 「訪問の約束は果たさなければと思っていましたが、(震災との)はざまで難しかった」。 ご夫妻の表情はくもっていた。 1995. 07. 08 [記録阪神大震災](94)宮内庁に広がる波紋 読売新聞大阪夕刊 307 :名無し草:2007/12/28(金) 14:15:03 >>303 王室の心意気としっかり早く帰りたいと言えるのに感動した 311 :名無し草:2007/12/28(金) 14:31:30 皇太子が中東訪問を渋ったというソースは、いま話題のセブンなんだけど あるにはある まあ話の種に ---------------- テレビなどを通じて伝えられる震災の状況をご覧になるにつけ、このようなときに、 日本を離れてもいいものか――おふたりはこの2度目の中東ご訪問を予定通り 進めることに、ためらいをみせられたという。ある皇室記者はこう話す。 「とくに、皇太子さまは、東宮侍従たちに“スケジュールを変更したほうがいいので は”と何度も確認されたようです。 しかし、クウェ−トとアラブ首長国連邦への訪問をイラクのクウェート侵攻とそれ に続く湾岸戦争、イラク情勢の緊迫などによって過去2回延期していることなど を理由に、外務省が予定通りの訪問に固執し、それに宮内庁も押し切られるか たちで強行されたと聞いています」 皇太子さまのためらいのお気持ちは、出発前日の記者会見での次のようなお言 葉にもうかがい知れる。 「いまだに生き埋めになっておられるかたがたがいるという状況のなかで、外国 に行くことは忍びない気持ちです」 また、雅子さまも、同じ記者会見で、 「向こうに参りましても、国内で苦しんでいるかたがたのことを忘れず、一刻も早 く立ち直られることを日々祈りたいと思います」 と述べられている。(中略) 最終の訪問国、ヨルダンの理解を得、おふたりは、当初の予定を2日早め1月28 日に帰国された。 「それも、皇太子さまが、スケジュールを短縮して早期に帰国することを侍従たち に、しきりに求められたことから決まったということでした」(前出の皇室記者) 1998.07.28女性セブン別冊 「皇太子さま雅子さま ご結婚五周年記念 素顔のプリンセス」 333 :阪神大震災:2007/12/28(金) 15:29:28 第132回国会 安全保障委員会 第3号 ttp://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/syugiin/132/0250/13202170250003a.html ○河野国務大臣  皇太子・同妃両殿下の中東諸国御訪問を政府としてお願いするに当たっては、 大震災の大変な被災状況は認識しつつも、今回の御訪問が昨年十一月の中東御訪問の一環であり、 また、御訪問国のうち特にクウエート、アラブ首長国連邦の二カ国については、 既に過去二回延期せざるを得なかったとの事情があったことをも踏まえまして、 両殿下の御公務として予定どおり実施していただくとの判断をしたものでございます。 その後、御日程の変更の可能性も含め、諸般の情勢を常時慎重に検討いたしましたが、 一月二十六日、湾岸二カ国の御試問を予定どおり終えられ、最後の御訪問国ジョルダンに着かれた後、 被災地を気遣われる両殿下のお気持ちに対し、ジョルダン側の深い理解と配慮が示されたわけでございます。 この結果、ジョルダンにおける御日程のうち重要な部分が終わった段階で、 今次三カ国御訪問の目的が達成されたものと認められたので、御予定を二日繰り上げ、 一月二十七日夕刻同国を御出発、二十八日御帰国を願うことといたしたわけでございます。   今申し上げましたように、湾岸諸国御訪問は長い間の懸案でもございましたが、大変残念なことに、 過去二回、湾岸戦争でございますとかイラク・クウエート間の緊張の高まりなどを受けまして、 二回延期せざるを得ない状況がございました。 その二回の延期の際にも、先方は皇太子殿下御訪問ということで 国を挙げて大変な御準備をなさったということを伺っておりまして、 今回もし延期をするということになれば、三回の延期ということにも相なるわけでございます。 私ども以上に、皇太子・同妃両殿下は被災地について心を痛めておられて、 御出発間際にもそうしたことを漏らされたということは伺っておりますが、 そうした状況をも踏まえまして公務をお務めになられたということでございます 432 :阪神大震災:2007/12/28(金) 22:55:27 文藝春秋(1996.7) ご成婚三年 雅子妃を襲った三つの危機 成婚以来、緊張から生まれるぎこちなさはあっても、笑顔を絶やさなかったお二人だったが、 その笑顔が消えたのが、翌平成七年一月の第二次中東訪問だった。 クウェート・アラブ首長国連邦、ヨルダンに出発する三日前、阪神大震災が発生したのだ。 宮内庁では、残された僅かな時間、そして混乱した状況下で、 藤森長官ら幹部が外務省や官邸と頻繁に連絡を取り合い、訪問の是非について協議を重ねた。 外務省の態度はハッキリしていた。 「過去に二度にわたって訪問を取り止めている経緯があるだけに、 直前の中止は外交儀礼上、どうしても避けたい」--。 宮内庁サイドもぎりぎりまで検討を重ねたが、結局、結論は外務省と同じだった。 震災の様子を伝えることで、暗に訪問相手国からの「取りやめの申し出」に期待をかけてもみたが、 そうした動きはなかった。 皇太子自身は、訪問に消極的だった。 ある宮内庁関係者は、 「殿下はかなり躊躇されていた。行くべきか、止めるべきか、苦しまれたようです。 ですが、訪問は国と国との交渉事であって、 そもそも殿下目身が判断できる性質のものではなかったのです」
436 :名無し草:2007/12/28(金) 23:12:17 >>432 > 皇太子自身は、訪問に消極的だった。 > ある宮内庁関係者は、 > 「殿下はかなり躊躇されていた。行くべきか、止めるべきか、苦しまれたようです。 > ですが、訪問は国と国との交渉事であって、 > そもそも殿下目身が判断できる性質のものではなかったのです」 当然のこと それでも皇太子夫妻が叩くという婆の不思議 437 :名無し草:2007/12/28(金) 23:14:35 436 皇太子が→皇太子を 文藝春秋にも記述があったか 複数ソースが見つかってよかった



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