外務省時代の同僚評

アンチ皇室ヲチスレ part302

655 :小和田雅子外務省時代の同僚評 [sage] :2008/12/06(土) 20:52:15
皇后美智子さまとの対話 ― 人がいまだ歩まぬ道を ― 小池政行(日本赤十字看護大学教授・国際人道法)文藝春秋2006年11月号 皇后さまは、「『Survive』とは、組織の中でたくましく生きるというような意味で はありません。むしろ、どのような者にもその人生を生きる意味と価値があり、 生きなければならないという意味です」と言われた。 そして、「学生時代、島崎藤村の『春』という小説を何度読んだか知れません。 自分のようなものでも、生きていく意味があると、この『春』を読んで感じたこと でしょう。人はときに、死んでしまった方が、と考えることがあることを理解でき ます。しかし、人はみなそれぞれの人生を生きていく意味があるのです」と皇 后さまは述べられた。 『春』は明治四一年、東京朝日新聞に連載された。(中略)この作品はこのよ うな文章で終わる。 「『ああ、自分のようなものでも、どうかして生きたい。』こう思って深い深い溜 息を吐いた」 「人はみなそれぞれの人生を生きていく意味がある」という皇后さまのこのお 言葉をお伺いした際、私の脳裏を横切ったのは東宮妃殿下雅子さまのこと である。私は九二年一〇月に二度目の在フィンランド日本大使館勤務から帰 国した。深夜勤務が予想される日など、自分の車で外務省に行ったとき、同 じようにご自身のお車で外務省にこられ、さっそうと駐車場から、外務省の入 りロに向かわれる雅子さまのお姿を何度かお見かけしたり、雅子さまと同じ課 に勤める者から、「いつも早くこられた際は、他の課員の机まで拭かれ、そして いつも深夜過ぎまでの激務を務められるのだよ」という話を聞いたりする程度 であった。そして仕事の関係で雅子さまの御尊父小和田恒氏と、何度か薄い 接触があったという立場の者に過ぎなかった。 皇后さまは、東宮妃殿下について、決して直接に私のような立場の者に、どの ようなお考えをお持ちかを語られるようなことはなかった。 しかし、何度も様々なお話の繋がりの中で、「家族の一員として」、「家族として その全てを受け入れ」、「家族として支えて」というご趣旨のお言葉を述べてお られたと私は記憶している。



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