各皇后のエピソード-081120

・「国母の気品 貞明皇后の生涯」
 しっかりもので名高い貞明皇后でさえ結婚10年ほどで一時期心を病んだ
・福田和也「昭和天皇」のラスト
 昭和天皇のご臨終時の香淳皇后


アンチ皇室ヲチスレ part298 727 :名無し草 [sage] :2008/11/20(木) 20:59:04 そういえば、しっかりもので名高い貞明皇后でさえ結婚10年ほどで 一時期心を病んだ@「貞明皇后の生涯」 皇室という環境では心が疲弊しきってしまうっていうのは、昔も今も 変わらないのかも 728 :名無し草 [sage] :2008/11/20(木) 21:02:37 >>727 へー、でも当時はマスコミも一般市民も反応無しだったから まだよかったのかも 今のこの状況で、よく回復とか望めるなとおもう 729 :名無し草 [sage] :2008/11/20(木) 21:07:14 >>727 何か原因はあったの? 731 :名無し草 [sage] :2008/11/20(木) 21:16:14 「国母の気品 貞明皇后の生涯」 直接原文を読んだんじゃなくて、久能靖氏の書評@皇室手帖 --------------------------------------------------------------
皇太子妃となった節子姫は期待に応えるように次々と四人の男児を設けたが 皇室という新しい環境に慣れるために努力すれば努力するほど疲労が溜まり、 自分の運命をしっかり受け止めるだけの精神的な強靭さを持っていたにも かかわらず、御成婚後十年した頃には一時心の病を患われたという。
-------------------------------------------------------------- 雅子さんが病んだのも、結婚後十年だね 図書館に取り寄せ依頼しようかな 733 :名無し草 [sage] :2008/11/20(木) 21:19:27 貞明皇后をwikiで読んでみた。 香淳さんとの仲がうまくなかったんだな。 弟宮の嫁達は可愛がったけど、香淳さんはいじめ倒されてたみたいだw ま、wikiだから何だけど どこも大変なんだなw 738 :名無し草 [sage] :2008/11/20(木) 21:29:18 >>733 香淳皇后は皇族出身だったうえに、性格がおっとりだから ソリが合わなくてもしょうがないw 741 :名無し草 [sage] :2008/11/20(木) 21:36:32 身分が高かろうが低かろうが、正確がおっとりして様がはっきりして様が なんだって理由になるからな嫁姑の間では なんだか知らんけどガンガレw
744 :名無し草 [sage] :2008/11/20(木) 22:06:34 昭和天皇のご臨終時、皇后と皇太子夫妻が最期の時を看取った。 そして三人が部屋を出る時、 いつものように皇太子妃が皇后に先を譲ろうとすると 皇后は「皇后陛下、お先にお進みください。 宮中はすべて両陛下のご意志が最優先されるのです」と 美智子妃に頭を下げ先を譲った・・・ というエピソードが福田の書いた「昭和天皇」のラストだった。 格付けがはっきりいている家庭は大変ですな。 745 :名無し草 [sage] :2008/11/20(木) 22:09:03 >>744 本当かどうかは置いといて、かっこええーラストだw 746 :名無し草 [sage] :2008/11/20(木) 22:18:26 >>744 それ、別バージョンの話を良く聞くな 747 :名無し草 [sage] :2008/11/20(木) 22:21:28 別バージョンもおせーてくれ 748 :名無し草 [sage] :2008/11/20(木) 22:25:10 >>744 いいエピソードじゃん 美智子さんが嫌いだった香淳皇后だったのに そのエピ初耳 そういえば大正天皇、崩御のとき、生母である中山の局は 天皇の部屋へはいることを許されず、部屋の外でお別れをしたとか 天皇が崩御と同時に、部屋の空気が一変し、皇太子に皆、ハハーと 言う様子だったらしい 752 :名無し草 [sage] :2008/11/20(木) 22:32:30 >>744 昭和帝の晩年は、もう香淳皇后はボケてらしたはずだけど まだらボケだったんだろうか、あるいは側近の配慮か 756 :名無し草 [sage] :2008/11/20(木) 22:35:19 だよね 呆け気味だった香淳皇后が 「皇后陛下、お先にお進みください。 宮中はすべて両陛下のご意志が最優先されるのです」 と仰られたとは思えないな 757 :名無し草 [sage] :2008/11/20(木) 22:36:36 そうだよな、もう全然登場しなかった頃だ香淳皇后 やっぱり創作だろうね かっこいい伝説作り 759 :名無し草 [sage] :2008/11/20(木) 22:38:00 かっこいいから創作でもいいや 761 :名無し草 [sage] :2008/11/20(木) 22:40:46 昭和天皇崩御も理解したかどうかって言われて無かったっけ? 763 :名無し草 [sage] :2008/11/20(木) 22:46:33 ノンフィクションでも自身が見聞きしたルポでもないしな 昭和天皇1 福田和也 膨大な資料、圧倒的な筆致で描き出す「彼の人」のさびしさ。 第一部は出生から青年期まで。日本人の魂をえぐる著者のライフワーク 昭和天皇2 福田和也 「彼の人」とその周囲の人々を通じ、激動の時代を描き尽くす傑作評伝。 初めての外遊を経て大正が終わり、ついに裕仁の時代が訪れる 764 :名無し草 [sage] :2008/11/20(木) 22:46:34 別バージョンと言うのは、大正(明治?)天皇崩御時の皇太子妃と皇后の会話として 読んだことがあると言う意味。 逆に、昭和天皇バージョンは初めて見たかも知れない。 いずれにしても、その話は香淳皇后のイメージじゃない。他の方の話では。 773 :名無し草 [sage] :2008/11/20(木) 22:59:06 >>764 大正天皇崩御の時の貞明皇后のエピではないかな 783 :名無し草 [sage] :2008/11/20(木) 23:37:06
「香淳皇后」工藤美代子 朝日新聞社で皇室担当記者だった岸田英夫が「良子皇太后の取材二十五年」(『アサヒグラフ』 緊急増刊二〇〇〇年七月五日号)と題する一文の中で、美しいエピソードを紹介している。やや 長いが引用してみたい。 十月二十三日夜、天皇は病室の電動ベッドを少し上げ、鏡に映る十三夜の月見をした。スス キやオミナエシなどの秋草とお団子を供えて月を見るのは、宮中の伝統的な行事で、病床なが らもそれは行われた。 その夜、月明かりだけになった天皇の病室へ皇后が入って来た。「おかみ(天皇)にお元気 でいていただくためには、私も元気でないと……」というのが、皇后の口癖だったが、自分の ほうに老人特有の意識障害が出て、天皇の状態がよくわかっていない。しかし、その夜の二人 は黙ったまま、しばらく手を握り合っておられたという。 それは、まさに「悲しきまでの老いの情景だ」と岸田は書いている。 昭和という激動の時代は、六十四年一月七目、天皇の崩御で終わりを告げた。 はたして当時の皇后に、天皇が亡くなられた意味が理解できたかどうか不明だと書く文献は多い。 皇后が公的な行事に姿を見せたのは、昭和六十二年四月の天皇誕生日の一般参賀が最後だった。 天皇の大喪の礼や、今上天皇の即位関係の儀式はすべて欠席した。
793 :名無し草 [sage] :2008/11/21(金) 07:06:45 >>744 これって、貞明皇后と香淳皇后の話じゃなくて? 昭和天皇の時は、香淳皇后は老人性痴呆で大変だった 794 :名無し草 [sage] :2008/11/21(金) 09:07:53 >>793 たぶんね 843 :名無し草 [sage] :2008/11/21(金) 11:53:37 あの立場で何かしら精神を病まれない方がおかしいでしょ 美智子さんだって声出なくなったりしてたし 845 :名無し草 [sage] :2008/11/21(金) 11:53:52 貞明皇后・・・結婚後10年ごろ心を病む 美智子皇后・・・失声症(心因性疾患) こんな感じ?
アンチ皇室ヲチスレ part299 233 :名無し草 [sage] :2008/11/23(日) 21:40:27
146 :可愛い奥様:2008/11/23(日) 21:36:07 ID:10r25w6K0 >133 それ読んだ時、 「キャリア女性なら普通そういう悩みはみんな持つんじゃね? てか皇室なら仕事中でも子供みてくれる人に不自由しないんじゃないの? 育児と仕事の両立で何が大変って、預け先の確保とか、急な発熱でお迎えとかなんだからさー。 よっぽど外務省で共働きするのとは勝手が違うのかなあ、 でも美智子様や他の妃殿下はちゃんと仕事と家庭を両立させてるような… 流産と妊娠プレッシャーで普通の共働き女性が出来ることも出来なくなって、 新人OL並みにオタオタしてるんだろうか?」 と、何だかもやもやと違和感ばかりが残ったなあ。
___________________________ 美智子さまも病気になったような 234 :名無し草 [sage] :2008/11/23(日) 21:48:43 明治以降の皇太子妃で精神を病まなかったのは 香淳皇后だけかな 235 :名無し草 [sage] :2008/11/23(日) 21:55:24 それを考えると香淳皇后って、常人離れした強靭な精神力の持主だったのかも なかなか男子に恵まれなかったのに 238 :名無し草 [sage] :2008/11/23(日) 22:03:20 夫である天皇が磐石だったってのが大きいのでは? 若くして即位し、父は生前病弱で取り巻きで意見できるのは皇太后位だった。 239 :名無し草 [sage] :2008/11/23(日) 22:03:26 >>235 性格がマイペースってのもあったろうけど、皇族出身ってのが最大の強み。 公家などの臣下出身の妃は、皇后になっても「皇族」にはなれなかったらしい。 生まれながらの皇族だけが本当の皇族。 ttp://www.melma.com/backnumber_170937_4240574/ >江戸時代までは、臣家の女子は皇族に嫁したあとも皇族の範囲には入りませ >んでした。明治維新になって、つまり明治の皇室典範で、皇后や皇太子妃が >皇族と称することが規定されたのです。 悠ちゃんの嫁も、皇族か旧皇族なら病まないかも。



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