婆嘘:丹羽与三郎房忠氏は富山の鎌倉八幡宮の宮司

・事実:丹羽与三郎房忠氏は鎌倉八幡宮=鶴岡八幡宮の宮司で、当時鎌倉在住
・ソース:丹羽房忠翁歌集 (昭和3年跋)


アンチ皇室ヲチスレ part280 701 :名無し草 [sage] :2008/10/06(月) 18:43:51
【皇太子夫妻にまつわる怖い話】 第百五話 181 名前:本当にあった怖い名無し[sage] 投稿日:2008/10/06(月) 14:38:56 ID:SYm/GWP80 鎌倉鶴岡八幡宮は、雅子さんの母親の裕美子さんの伯母さんかなにかが 姻戚としてご縁があったんでは? 196 名前:本当にあった怖い名無し[sage] 投稿日:2008/10/06(月) 16:08:20 ID:Mq/WaP9Z0 >>181 雅子氏の曾祖母(山屋他人の妻)が、鎌倉八幡宮の宮司の娘となっているそうな。 しかし、その鎌倉八幡宮とは、鎌倉の鶴岡八幡宮ではない別の鎌倉八幡宮ではないか、と このスレではいわれていた。 過去スレでさんざん議論されていたが、鶴岡八幡宮の過去の宮司にその苗字の人はいないと。 詳しい人のレスによると、富山かどっかに鎌倉八幡宮というのがあるとか。 富山はユミコさんが疎開かなんかしていたとか、縁がある土地なのではないかという話。 オカでなくて心苦しいが、過去スレでの経緯を説明してみた。 198 名前:本当にあった怖い名無し[sage] 投稿日:2008/10/06(月) 17:30:26 ID:cF0tb/yp0 富山 鎌倉八幡宮 ttp://www.pref.toyama.jp/cms_sec/1603/kj00001740-026-01.html
------------------------------- 明治から大正期に、鎌倉から富山に通勤は大変だっただろうねえ ttp://tnpt.net/uploader/src/up24085.jpg 702 :名無し草 [sage] :2008/10/06(月) 20:35:25 鶴岡八幡宮(鎌倉八幡宮とも呼ばれる)神奈川県鎌倉市にある神社 ttp://books.google.com/books?hl=ja (Googleブック検索) →鶴岡八幡宮年表 丹羽与三郎 明治35年07月05日 柴崎宮司退任し、丹羽与三郎、宮司に任ぜられる[職員録] 明治35年07月11日 新任丹羽与三郎宮司、国弊中社寒川神社宮司より着任す[庶務回議録・職員録] 大正元年01月15日 丹羽宮司より薙刀(銘備州長船祐定)の奉納あり 大正05年02月14日 天機奉伺のため、丹羽宮司、葉山御用邸へ参向す[社務所日誌] 大正05年05月09日 丹羽宮司没す(七十六歳)[社務所日誌] 丹羽房忠翁歌集 〔丹羽与三郎房忠、鎌倉宮・鶴岡八幡宮・寒川神社等の宮司を歴任、皇太子妃雅子殿下の実家小和田家の祖〕 *口絵:肖像写真美 丹羽房忠(丹羽与三郎房忠)/(宮田六左衛門刻)/(昭和3年跋)発行/\23,500 刊記なし 昭和3年阪正臣跋 和装 原題箋 四つ綴 表紙極少経年ヤケ 本文極少経年ヤケシミ ttp://murasakishikibu.co.jp/anjyo/ (古書店) 704 :名無し草 [sage] :2008/10/06(月) 22:08:15 宮司としては5代目くらいかな 705 :名無し草 [sage] :2008/10/06(月) 22:27:51 初代が筥崎博尹(明治15年~30年) 2代目が留守永秀(明治30年~31?) 3? 速水(明治31?~32年) 4? 柴崎(明治32年~35年) 5? 丹羽(明治35年~大正5年) 707 :名無し草 [sage] :2008/10/06(月) 22:46:39 うん、すっきりしたw オカ板では「ぐぐっても出てこない」 「小和田家が鶴岡八幡宮の宮司の家系だと自慢しないはずがない」 だから嘘、と言っていた でもその時点でネットにあがってなくても、資料本は出版されていた やっぱまだまだ紙媒体でしか読めないデータは多いよ ttp://www.amazon.co.jp/dp/4797115068/ 鶴岡八幡宮年表 単行本: 619ページ 出版社: 鶴岡八幡宮社務所 (1996/06) ISBN-10: 4797115068 ISBN-13: 978-4797115062 発売日: 1996/06



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