しっかりもので名高い貞明皇后でさえ一時期心を病んだエピソード-081211

佐佐木高行の日記「かざしの桜」より

アンチ皇室ヲチスレ part304

794 :名無し草 [sage] :2008/12/11(木) 19:03:22
精神を病んだ皇太子妃は三人

貞明皇后は聡明な方だった http://unkar.jp/read/academy6.2ch.net/history/1124119177 625 :日本@名無史さん[]:2007/11/23(金) 17:13:32 >>614 貞明皇后も次男の秩父宮を偏愛したといわれていますね。 佐佐木高行の日記「かざしの桜」に、第2子出産直前の皇太子妃節子は、 夜に突然泣き出して落ち込むことがあったらしく、睦仁天皇と美子皇后が 心配する事態となり、下田歌子が節子妃を慰めにいったという出来事が あったと書かれてます。 侍医のベルツも日記に精神的に落ち込んでいたというようなことを書いて ます。 不安定な精神の中で、自分の誕生日に次男を出産した節子妃が、次男に 特別な縁を感じるのも無理はないのかもしれない。 長男は2か月余りで手元を離れ、次男は4か月は一緒に暮らした違いも あって、情が次男に移っていったことも考えられる。 皇孫御殿が新築された時、節子妃は次男と三男とは手を繋いだけれど、 長男は繋ぐことができず、泣き出してしまったというエピソードもある。 でも、昭和天皇には天皇として立派になってほしいから厳しく接して、 天皇にはならない秩父宮には母らしく接していたのが、 周囲には秩父宮をえこ贔屓していると見られていたのかもしれないです。



戻る

inserted by FC2 system