皇族叩きはワンパターン/お辞儀しろ編2

平成生まれの内親王、大正生まれの内親王

249 :名無し草:2007/08/30(木) 20:27:10
222 :平成生まれの内親王:2007/08/30(木) 20:19:45
愛子のしつけについては、宮内庁との衝突が避けられなかった。
皇太子の侍従、浜尾実が彼を叩いたり暗い戸棚に閉じ込める許可を
与えられたような「古きよき時代」は終わった。
愛子の世話係の女官は、愛子が甘やかされてだめになると愚痴を
こぼしている。駄々をこねるし、プレゼントをもらうと礼儀正しく微笑ん
でありがとうと言う代わりに、思ったことをはっきり言って、くれた人を
傷つける、と言う。
職員からの小さな譲歩は、愛子の教育に当たるために、東宮御所に
本物の子育ての専門家をつれてくるのを認めたことだ。
これで宮内庁の素人のおばさんたちは完全に鼻をあかされた。
資格を備えた幼児教育の専門家、福迫美樹子は、いい教師だという
だけではなく、雅子妃の友人になり、宮内庁職員との戦争においては
同盟軍となった。---プリンセス・マサコ p333-334

250 :名無し草:2007/08/30(木) 20:28:30
223 :大正生まれの内親王:2007/08/30(木) 20:20:46
三人の皇女は、良さまの深い愛情によってのびのびと生い立った。
中でも照宮は剛気闊達、まだ学齢前の幼女であるのに才気煥発だった。
古い侍従は明治天皇のご幼時さながらであると述懐し、女官たちは、
頭が高い、ときどきギョッとするようなことをおっしゃるのでにくら
しい、とかげ口を利いた。
良さまはそうした側近の心ない批評をちゃんと知っておられ、むしろ
興味深く思っておられた。
連綿百二十幾代かの皇統を承け継いで来られたのだ、よい点もわるい
点もまじっていよう。軽々しくきめてしまってはならない、とあたた
かく見守る気持ちでいらっしゃった。---皇后さま p145-146

宮内省では教育方針の成案がいそがれていた。
照宮の学齢が迫っていたからである。(略)
前例を破って学習院に通学のことは、大した異議もなく決定を見た。
次にどこでお育てをするかという点で議論百出した。
両陛下は今までどおりお膝下におきたいご希望だった。
一同は相談した。
「しかしそれではお躾が出来ませんぞ」
「さよう、さよう。どうしてもこちらが遠慮がちになります。女で
あられるからどこへでもお嫁にゆけるようにしなければなりません。
そうでなくとも照宮さまは頭が高くて、それ、いつぞや東郷元帥が
参内されたとき、お辞儀をされなかった。尊大な思いあがりが出来
てはいけません。陛下はえらくても子供は臣下なのだから。殊に女
なのだから」---皇后さま p152-153



251 :名無し草:2007/08/30(木) 21:03:23
おもしろいなあw

愛子さま
>世話係の女官は、愛子が甘やかされてだめになると愚痴を
こぼしている。駄々をこねるし、プレゼントをもらうと礼儀正しく微笑ん
でありがとうと言う代わりに、思ったことをはっきり言って、くれた人を
傷つける、と言う。

照宮さま
>女官たちは、頭が高い、ときどきギョッとするようなことをおっしゃるので
にくらしい、とかげ口を利いた。
>そうでなくとも照宮さまは頭が高くて、それ、いつぞや東郷元帥が
参内されたとき、お辞儀をされなかった。尊大な思いあがりが出来
てはいけません。

ちょうど同じくらいの年頃(5才前後)の子供に対して
女官達が「傷ついた」の「尊大」の言っては
それを外にだだもらし…


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