野辺地尚義氏(山屋他人の伯父)

535 :名無し草:2007/11/30(金) 14:23:22
    アンチ皇室ヲチスレ part216
    (中略)
    524 :名無し草:2007/11/30(金) 06:48:18
    >>401
    広報「おおはさま」平成17年(2005) No.566
    ttp://city.hanamaki.iwate.jp/resource/koho/o/pdf_koho/2005_05.pdf
    9ページに山屋家先祖の記述あり
    (中世に亀ヶ森地方を領有していた亀ヶ森一族)

    又9ページの画像に映っている他人の伯父・野辺地尚義は紅葉館支配人だったためか
    新渡戸稲造が野辺地宛てに手紙を出している
    ttp://www.kosho.or.jp/list/927/05800122.html 

699 :名無し草:2007/12/23(日) 20:55:39
    >>535

    ┌菊池(野辺地)三弥┬野辺地尚義
    └菊池金吾      └ヤス
                   ├─他人─壽々子─優美子─雅子
                山屋勝壽

700 :名無し草:2007/12/23(日) 20:56:47
    菊池金吾
    南部藩の蔵奉行をはじめ勘定方の要職を勤め、維新後は事業家となり、
    その邸宅は明治天皇の東北巡幸の際、二度にわたって行在所となっている。
    ttp://fuzoku.cneti.ne.jp/~iwayama3/ko_098.html

    野辺地尚義
    他人の母ヤスの兄である尚義は、脱藩して萩の松下村塾に遊学、
    のちに大村益次郎が江戸に開いた鳩居堂で蘭学を習得。
    その知見を持って、長州藩邸内の学塾の教授を務めた。
    維新後は、京都府立の外国語学校、また当時全国に先駆けて作られた
    女学校の主管(事実上の校長)を経て、紅葉館創設に関わる。

    山屋他人
    海軍大将、大正四年から二年半にわたり軍令部次長を務めた際は、
    週二回海軍軍令部附として勤務された皇太子(後の昭和天皇)と
    親しく接する機会を得る。
    第一次大戦中、地中海の安全航行のため、英国より要請を受け派遣
    された護衛艦隊が兵員・物資の護衛を行なったが、雷で駆逐艦「榊」が
    大破した。
    昭和天皇はこの地中海艦隊の活動に深い関心を示され、大正十年の
    欧州訪問の際、マルタ島の慰霊碑に献花をされた。

    ソース:謙譲の人 海将山屋他人の足跡(枝栄会) 

701 :名無し草:2007/12/23(日) 23:06:58
    ┌菊池(野辺地)三弥┬野辺地尚義
    │            └ヤス     ┌─長女:岩下ハツ(東伏見宮御用取扱)
    │              ├─他人─┴─五女:江頭壽々子─小和田優美子─雅子
    │            山屋勝壽
    │
    └菊池金吾────菊池第三(宮内省式部官)
    ttp://fuzoku.cneti.ne.jp/~iwayama3/ko_099.html 



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