メモ:雅子妃が歌会始で公を歌に詠まなくなったのは@週刊朝日

760 :名無し草:2008/01/23(水) 20:15:32
皇室御一行様★アンチ編★part1104 811 名前:可愛い奥様[sage] 投稿日:2008/01/23(水) 00:48:55 ID:mE2IURzp0 週刊朝日読んできましたが、mskが歌会始で公を歌に詠まなくなったのはあの “知恵遅き子”の歌が物議をかもしたからなんですって。 周囲が別の歌を薦めたけど、丼は公務で見たこの子達を詠んだこの歌を是非に と言って“知恵遅き子”の歌を提出した。 それが周囲からあれこれ言われたのが気に入らなくて私的な事しか詠まなくなった んじゃないか、ということでした。 私はあの歌は詠んだ対象が問題だったのではなく、“知恵遅き子”という表現が もっと他の詠み方は無かったのかな??という意味で問題があったと思っています。 この言葉、使い方の難しい言葉ですよね。
----------------------------------- 週刊朝日(2008/02/01) 心配される、美智子さまの<ご病気>と雅子さまの<お歌> 公に関する歌を雅子妃が詠んだのは99年が最後 2000年以降は私に関する歌が続いている それは96年に詠んだ歌が物議を呼んだからではないかという推測記事 761 :名無し草:2008/01/23(水) 20:17:00 ■1993年6月成婚 平成6年(1994)1月歌会始 君と見る波しづかなる琵琶の湖(うみ)さやけき月は水面(みのも)おし照る 平成7年(1995)1月歌会始 夕映えの沙漠の町にひびきくる祈りの時をつぐる歌声 平成8年(1996)1月歌会始 もろ手もちてひたすら花の苗植うる知恵おそき子らまなこかがやく 平成9年(1997)1月歌会始 大地震(おほなゐ)のかなしみ耐へて立ちなほりはげむ人らの姿あかるし 平成10年(1998)1月歌会始 ルワンダへ長くつらなる土の道あゆむ人らに幸多くあれ 平成11年(1999)1月歌会始 摩文仁なる礎(いしじ)の丘に見はるかす空よりあをくなぎわたる海 ------------------------- ここまでが記事の中で「公」と分類された歌 以下が「私」と分類された歌 762 :名無し草:2008/01/23(水) 20:17:41 平成12年(2000)1月歌会始 七年(ななとせ)をみちびきたまふ我が君と語らひの時重ねつつ来ぬ 平成13年(2001)1月歌会始 君とゆく那須の花野にあたらしき秋草の名を知りてうれしき 平成14年(2002)1月歌会始 生(あ)れいでしみどり児のいのちかがやきて君と迎ふる春すがすがし 平成14年12月愛子内親王殿下一歳のお誕生日に際して 乳母車おして歩めばみどり児は光あふるる空にまばたく 子をつれて君と歩めば夕空に一番星ははやかがやきぬ あたたかく陽のさす庭に抱きいでてあどけなく笑ふ吾子の重たさ 平成15年(2003)1月歌会始 いちやう並木あゆみてであふ町びとにみどり児は顔ゑみてこたふる 平成16年(2004)1月歌会始 寝入る前かたらひすごすひと時の吾子の笑顔は幸せに満つ 平成17年(2005)1月歌会始 紅葉ふかき園生の道を親子三人なごみ歩めば心癒えゆく 平成18年(2006)1月歌会始 輪の中のひとり笑へばまたひとり幼なの笑ひひろがりてゆく 平成19年(2007)1月歌会始 月見たしといふ幼な子の手をとりて出でたる庭に月あかくさす 平成20年(2008)1月歌会始 ともさるる燭の火六つ願ひこめ吹きて幼なの笑みひろがれり 763 :名無し草:2008/01/23(水) 20:18:21 公の歌に分類された歌は1999年まで 1996年の歌が批判を浴びたので、公の歌を歌わなくなったというのは 少々荒っぽい推論じゃないかと思う むしろ心境の変化かと ■1999年12月懐妊スクープ、30日流産 平成12年(2000)1月歌会始 七年(ななとせ)をみちびきたまふ我が君と語らひの時重ねつつ来ぬ 平成13年(2001)1月歌会始 君とゆく那須の花野にあたらしき秋草の名を知りてうれしき ■2001年12月1日愛子内親王誕生 平成14年(2002)1月歌会始 生(あ)れいでしみどり児のいのちかがやきて君と迎ふる春すがすがし 764 :名無し草:2008/01/23(水) 20:25:36 平成13年歌会始のお題「草」 今上の御製は、 父母の愛(め)でましし花思ひつつ我妹(わぎも)と那須の草原(くさはら)を行く 皇太子妃の歌は 君とゆく那須の花野にあたらしき秋草の名を知りてうれしき 昭和天皇、香淳皇后の歩まれた那須の草原を、今上も愛する妻と歩まれ 雅子妃も皇太子に導かれつつ歩む 三世代が繋がるいい歌だと思う この記事が面白かった ↓ 保存版 これは日本人の魂のドキュメントだ 世紀のラブレター50通--美智子皇后、雅子妃から山本五十六、白川静まで 文芸春秋2008年1月号 765 :名無し草:2008/01/23(水) 21:06:16 ■1999年12月懐妊スクープ、30日流産 平成12年(2000)1月歌会始 七年(ななとせ)をみちびきたまふ我が君と語らひの時重ねつつ来ぬ ↑この歌自体は流産前(例年通りの提出期限なら、おそらく懐妊スクープされる前)に 提出されていたもの 歌を詠む上で、妊娠かそれを予期させる出来事による心境の変化はあったのかも 知れないけど 766 :名無し草:2008/01/23(水) 21:16:58 1999年 12月3-7日ベルギー訪問、誕生日12月9日、13日エコー検査、23日天皇誕生日諸行事 前に出していたとしたら、11月中 締め切りは延ばしてもらっていたかもしれない その辺りは不明 767 :名無し草:2008/01/24(木) 01:04:30 1996年 歌に賛否両論@2008年に突如出てきた説     ・過去、アンチ東宮が騒いだ以外(2003年9月スレ発足)は批判なし     ・ただし宮内庁内部の状況なら後から情報が出てきてもおかしくない 1997-1999年 公の歌 2000- 私的な歌 --------- 賛否両論あって問題なら1997年に止める 記事要旨によると「1996以降、公の歌を止めた」と、とれるが実際は違った 記事のミスリードである (その後3年、公の歌。丁寧に調べてくれた人がいたからわかった) 単に1996年の歌に文句をつけたいのではないか 768 :名無し草:2008/01/24(木) 07:05:13 たまたま雅子妃の和歌を年代順に並べた資料を作っていたから ちょうど良かった むしろ出す機会をくれたアカピーのミスリードに感謝している
参考 週刊朝日の婆臭い記事-080121



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